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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)145号 判決

原告 安宅林重郎

被告 東京陸運局長

主文

被告が、昭和三九年一一月六日付をもつて、原告の昭和三九年一月二一日付一般乗用旅客自動車運送事業免許申請を却下した処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

(原告)

主文同旨の判決を求める。

(被告)

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二原告の主張

(請求の原因)

一  原告は、昭和三九年一月二一日付で、被告に対し、一般乗用旅客自動車運転事業(本件の場合、一人一車制個人タクシー事業、以下単に「個人タクシー事業」という。)の免許の申請(以下「本件申請」という。)をしたところ、被告は、同年一一月六日付で、右申請を却下する処分(以下「本件却下処分」という。)をし、昭和四〇年一月一三日、原告に本件却下処分の告知をした。

二  そこで、原告は同年同月八日付で運輸大臣に審査請求をしたが、その後三ケ月以上を経過した現在も、これに対する裁決がなされていない。

三  しかしながら、本件却下処分はつぎの事由により違法であるから、その取消しを求める。

本件却下処分の理由は、免許基準を定めた道路運送法六条の規定は抽象的であるから、被告は免許の申請の審査に当たつては、同法条の趣旨を具体化した内部的審査基準を設けて事案を処理しているところ、原告の本件申請の審査に関して適用された個人タクシー事業の年令の上限に関する基準は、「年令五八才未満の者は免許する。五八才以上六一才未満の者は年令超過だけでは却下しないが、他の事項において劣る場合は却下する。六一才以上の者は免許しない。」というものである(以下「年令基準」という。)が、原告は当時六二才九ケ月であつたため、右の基準に照らして本件申請を却下した、というにあるが、右年令基準は、道路運送法六条一項四号にいう「当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力」を有するものであるかどうかを判断するに当たつての一応の基準というべきであるから、これに適合しないからといつて本件申請を却下したのは違法である。もし、一応の基準ではなく一定年令以上の者は事業の免許を受ける適格性を欠くものとの判断が含まれているとすれば、右年令基準は憲法一四条に違反する。

原告は、明治三四年九月生れであるが、本件申請当時まで四〇年以上の運転経験を有し、本件申請当時の健康状態は至極良好であり、個人タクシー事業を営むについてなんらの支障はなかつた。右のように働らく意思も能力もある原告に対し、一応の年令基準を形式的に適用し、これに適合しないという理由だけで本件申請を却下するのは年令基準のもつ本質を誤つて適用したものというべきであつて違法である(ちなみに、原告と同年令で個人タクシー事業を営んでいるものもある。)。

第三被告の答弁

(認否)

一  請求の原因第一、二項の各事実を認める。ただし、原告が本件却下処分の告知を受けたのは昭和三九年一一月二〇日ころである。

二  請求の原因第三項のうち、本件却下処分の理由が原告の主張のとおりであることは認めるが、その余の主張を争う。

(主張)

ハイヤー、タクシー営業は、陸上において機動性のある旅客運送役務を提供しているものであつて、その役務は定時制、定路線制に拘束される鉄道、バス営業等が提供する役務によつては完全には代替することができないものであるから、ハイヤー、タクシー事業の役務の国民生活における重要性を否定することはできない。そこで、当然、需要者である国民の福祉を積極的に増進することを考慮しなければならないが、そのためには、(1)役務内容の適切性、(2)役務対価の妥当性、(3)役務提供の義務性、(4)役務提供の継続性、(5)事業経営の安定性等が要求されるのであり、道路運送法は、これらの諸事項を実現するため、事業計画を定めさせ、運賃を認可制にし、運送の引受けを義務づけ、事業の休廃止に許可を必要とする等の規制を加えることとし、これとあいまつてハイヤー、タクシー事業についても免許制をとり、もつて国民の福祉を積極的に増進しようとしているのである。

免許制の目的が右のとおりである以上、免許の基準がそれに即応するように設定されるのは当然であり、免許申請における審査も、もつぱら国民の福祉の増進にとり有効かつ必要であるか否かという公益的判断を中心としてなされる。このように、免許するかどうかは、公益的裁量に基づくものであるから、免許基準は抽象的、多義的であることが不可避であり(道路運送法六条一項参照)、これにより免許の合目的性が担保されているのである。

個人タクシー事業の免許に関しても、被告は、法によつて被告にゆだねられた裁量権の範囲内において個人タクシー事業の制度が認められるに至つた趣旨に照らし、合目的的、専門技術的な検討を加えた具体的審査基準を設定し、これにしたがつて各申請について一律公平に審査を行なつているのである。

ところで、個人タクシー事業の制度が認められるに至つたのは、自動車の運転に従事してきた者に将来の夢と希望を与えるということにあつた。被告は、この基本方針に則り、個人タクシー事業者として認めるには、(1)多年にわたり自動車の運転に従事してきた者であること、(2)運転技術が卓越しており安全な運転を行ない得る者であること、(3)健全な心身を有し法令遵守の強固な意思を有する者であること等の諸点に重点をおくこととし、これらの点に関し、具体的には自動車運転資格、表彰の有無、法令遵守状況、運転歴、年令、健康状況等に分類した審査基準を設けて審査をしていたのであるが、これは、とりもなおさず、多数申請者のうちから何人が道路運送法六条一項四号の「当該事業を自ら適確に遂行する能力を有するもの」に該当するかを比較判定するためのものである。

そして、個人タクシー事業の免許を受けた者(以下単に「被免許者」という。)は、事業の経営者兼運転者として、おのずから日々人命にかかわる重大な業務を適確に遂行しなければならないのであり、このためには心身が健全であることが最も要求されるが、さらに車両の点検、清掃、帳簿類の記帳等はもちろん、折にふれて生ずる関係行政庁または関係団体等への手続、照会、会議への参加など多岐多様にわたる仕事も円滑に処理しなければならないのである。このように、被免許者は、他の業務に比較し、とくに精神的肉体的疲労を伴うタクシー運転のかたわら右のような諸事務をも遂行しなければならないのみならず、一般にいわゆるタクシーの運転は、通常、交通量の多い道路における運転であり、それは必ずしも規則正しい勤務ではなく、夜間にわたることがあること、一般に人間は五〇才をすぎるころから敏捷性、視力の低下等が認められること、とくに六〇才以上になると自動車の運転に必要な機能のおとろえが顕著となることなどの点を斟酌考慮すると、免許基準として年令において一定の上限の設定が要請されることは社会通念に照らし当然のことであり、被告は、過去における運輸行政の経験に照らして諸般の事情を斟酌検討し、被告に委ねられた裁量の範囲内において上記の内部的審査基準を設定したものであつてこの点になんらの不合理はない。

原告は、右の年令基準は憲法一四条に違反するかのごとく主張するが、同条の規定は絶対的平等を保障した規定ではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨の規定であると解すべきであり、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱いをすることは、同条に違反するものではないのである。

ところで、被告の設定した前記年令基準は、前述のとおり、不合理な差別的取扱いをする趣旨のものではないから、原告の右主張は失当である。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本件却下処分の経緯

原告が昭和三九年一月二一日付で個人タクシー事業の免許申請(本件申請)をなし、被告が同年一一月六日付で右申請を却下する処分(本件却下処分)をし、原告にこれを告知したこと(ただし、告知の日は、成立に争いのない甲第一六号証の一によつて同年一一月一三日ないし同月二〇日と認める。)、これに対し原告が昭和四〇年一月八日付で運輸大臣に審査請求をしたが、その後三ケ月以上を経過した現在も、これに対する裁決がないことは、いずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第五号証に証人黒住忠行の証言と弁論の全趣旨を綜合すると、被告が、昭和三八年一〇月四日付運輸省自動車局長からのハイヤー、タクシー事業の免許制の運用についての依命通達に従つて、東京都区内における一般乗用旅客自動車運送事業の供給輸送力を増進することとし、この措置に伴う免許申請の処理方針を定め、これを同年一〇月二二日付東京陸運局報に掲載して公示するとともに、さらにこれを具体化した内部的基準を設けて、免許申請を処理していること、右基準のうちには、道路運送法六条一項四号に関する内部的審査基準として、「年令五八才未満の者は免許する。五八才以上六一才未満の者は年令超過だけでは却下しないが、他の事項において劣る場合は却下する。六一才以上の者は免許しない。」旨の年令基準があること、原告が本件申請当時すでにその年令が六二才九ケ月であつたこと、被告が原告の年令が右年令基準に定める年令を超過するとの理由で本件申請を却下する旨の処分(本件却下処分)をしたことがそれぞれ認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  本件却下処分の適否

1  道路運送法(以下単に「法」という。)は、自動車運送事業の経営が公共の福祉(社会公共の利益の維持)にかかわるものであることにかんがみ、これを企業者の任意に任かせず、法四条において、自動車運送事業を経営しようとする者は運輸大臣の免許(権限委任に関する同法一二二条、同法施行令四条により、一般乗用旅客自動車運送事業については、陸運局長の免許)を受けなければならないとして、いわゆる免許制を採用しているが、他の営業免許と異なり、同法は、一般自動車運送事業についてはもとよりのこと、一般乗用旅客運送事業についても、事業計画を定めさせ(五条)、運賃を認可制とし(八条)、運送の引受けを義務づけ(一五条、一六条)、事業の譲渡、相続などについて認可を受けなければならないとし(三九条、四〇条)、事業の休廃止に許可を必要とする(四一条)など事業経営の内容について積極的に監督規制を加えようとするものであるから、かような免許は、免許を受けた者に対し、包括的な権利義務関係を設定する形成的行政処分というべく、いわゆる公企業の特許たる性質を有するものと解するを相当とする。しかし、右のように解するにせよ、自動車運送事業の経営もまた、一の事業の経営であつて、その性質上本来的に国家の独占的事業たるものとは考えられない(このことは、自動車運送事業に関する法制の沿革に徴しても明らかである)から、基本的には憲法二二条一項の保障する職業選択の自由ないしは営業の自由に属するものなることは否定できない。法六条一項が一般自動車運送事業の免許をする場合の基準を定め、これを審査しなければならないとし、また、同条三項が右の免許基準を適用するに当つては形式的画一的に流れてはならないとしているのも、右のことを考慮したためと解せられる。

2  ところで、法六条一項の趣旨とするところは、審査の結果、同項各号のいずれかの免許基準に適合しないときは、免許をしないことを建前としながらも、免許の許否は国民の営業の自由にかかわるから、右各号の免許基準の内容は抽象的に定めるにとどめ、これに適合するかどうかは、具体的かつ個別的事実関係に基づき客観的標準に照らし適正かつ公平に決められるべきであるというにあると解される。したがつて、右の趣旨からみて、右各号の免許基準に適合するかどうかについての免許権者の判断はいわゆる法規裁量に属すると解するを相当とし、それゆえ、その判断が右の趣旨に照らして不合理または不公平であるときは、かかる判断に基づいて行なわれた処分は、裁量を誤つた違法な処分であるといわなければならない。

もつとも、事案の処理においては、前述のように右各号の定める免許基準の内容がきわめて抽象的かつ多義的であるので、多くの補助職員を指揮して免許申請の審査を行なう行政庁としては、多数の免許申請に対し右の免許基準に適合するかどうかを適正かつ公平に判断するため、これをより具体化した内部的審査基準を設ける必要があり、このことは法の要請するところでもあるというべきであるが、しかし、このような内部的審査基準は法の委任によるものではなく、上記のように免許権者たる行政庁が法定の免許基準に適合するかどうかを判定するために内部的に設ける行政上の解釈基準にすぎないことはいうまでもない。

3  本件において、被告が法六条一項四号の免許基準に関する内部的審査基準として六一才以上は免許しない旨の年令基準を設け、原告の年令が本件申請当時六二年九ケ月であつて右年令基準を超過するとの理由で本件却下処分をしたことは前記のとおりであるところ、原告は、右年令基準は法六条一項四号にいう「当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものである」かどうかを判断するに当たつての一応の基準にすぎない旨主張し、被告は、右年令基準は過去における運輸行政の経験に照らして諸般の事情を斟酌検討し、裁量の範囲内において内部的審査基準として設けたもので不合理でない旨主張して争うので、案ずるに、一般に年令が高くなるとともに体力が減退することは経験則上明らかであるから、ことに個人タクシー事業のように免許を受けた者がみずから自動車の運転に従事する事業にあつては、一定の高年令者はその事業を適確に遂行する能力も低くなるとの判断に基づき、被告が年令の上限を定める年令基準を設けたこと自体には不合理はないというべきであるが、しかし、人には個人差があることはいうまでもなく、成立に争いのない甲第八号証と原告本人尋問の結果によれば、原告は本件申請当時六二才九ケ月であつて前記年令基準の定める年令の上限を超過する者であるにもかかわらず、当時その健康状態になんらの異常がなく、体力もそれほど衰えていないことが認められるばかりでなく、また、証人黒住忠行の証言によれば、個人タクシーの免許の更新に当たつては必ずしも六一才未満でなければ許可しないというのではなく、六一才以上の者でも更新が許可されている事例があることが認められ、他にこれに反する証拠はないから、これらのことからすれば、前記年令基準が年令の上限として定める六一才なる年令は、法六条一項四号にいう「当該事業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するもの」であるかどうかを判断するに当たつて考慮せらるべき他の諸事項、すなわち、免許申請者の住所、住居の位置、状態、家族の構成および生活状態、健康状態、運転経歴、経験年数、法令の遵守状況などを綜合検討することがおよそ無意味であると考えられるような高年令ではないといわなければならない。したがつて、六一才以上は免許しない旨を定める前記の年令基準は法六条一項四号の免許基準に適合するかどうかを判断するに当たつての一応の基準にすぎないというべきであるから、被告が上記のような他の諸事項を綜合検討することなく、原告の年令が本件申請当時六二才九ケ月であつて前記年令基準の定める年令の上限を超過するとの理由で本件申請を却下したのは、法六条一項四号の趣旨に沿わない不合理な判断に基づくものというべく、それゆえ、本件却下処分は裁量を誤つた違法な処分であるといわざるを得ない。

そして、上記のような事実関係のもとにおいては、被告において、前示の他の事項を含めて綜合的に審査を加えるならば、原告が法六条一項四号の免許基準に適合するとして、本件申請に対し免許が与えられる可能性が全くないとは認められない。

三  結論

よつて、本件却下処分はこれを取り消すのが相当であるので、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉本良吉 仙田富士夫 村上敬一)

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